昔,

言われた事があるなぁ…

 

"ゆきちゃん,間違っても三島由紀夫になっちゃあ駄目だか

らね"ってな この言葉

 

三島由紀夫が好きな店長に言われた言葉なんですけどね,

そんなに危ういかなぁ…?って当時は思ったりしました

 

 

あの御人も作家だから創作仲間だねって思いつつ,様々な歴史

って そうですけど当時の人達の思念(私怨)や立場や盛りや

映えも含めて,本当は今の現代みたいな確実性って云うのは

無くって,全世界中の生き残ったモノをかき集めないと立証

されなくなったんですよね

 

だからこそ昔の評価と今の評価が違う歴史や偉人って多いし,

あらゆる事が更新されて行くし,何に誇りが持てる?何に

憤りを感じるのかって本当に多数決になる

 

でも伝え続けないと誤りを生んでしまってから取り返しの

つかない事になってしまう,大陸側を知れば分かるはず

 

 

全ての学校教育や宗教や歴史だって全てが100%真実だなんて

分からないし,断言し合うからこそ争うんだし,海外の人達

なんて特に日本文化と中国文化の装飾や色彩等の違いが分か

らないのでごちゃ混ぜにしてしまう(日本人でも浅学な人は

理解出来なかったりする,功夫と空手,赤色と緋色をよく

間違えるネタ),

 

創作だからだなんて,軽んじて馬鹿にしては駄目なんですよね,

そして歴史が創作に負けては駄目なんですよね

 

 

旧ブログで何度も話して居ましたけど真実が分からないなら

ば,清濁混合な手垢塗れならば,悪用されて穢らわしいけど軽ん

じたり攻撃の材料にしたくないからこそ,

 

私は100%間違いが無くて自信が持てる自身の創作を領域と

して生きて来たんですよ

 

だって云えばこの作品達の神じゃないですか,私って

だからこそ全てにウンザリして来たし,だけどその中でも輝く

美しい人達も存在するからこそ,重んじては大切にしたい

気持ちって存在するんですよね

 

 

この前,友人と一緒に館にお出かけに来てくれた少林寺 僧の

安心感や佇まいの良さ,そして違う日に深くて美しい黄色を

纏うチベット僧の方が友人に引っ張られて行く温かみって

もの凄く好きなんですよね,私

 

日本の僧侶だって素敵な人達も居るし,悪い事ばかりでは

無いもの

 

そんな美しい若者達が歪まされて,腐らされて,穢されて居る方

が何千何百倍も悪いことだって分かって居るし,下劣だと感じ

る気持ちは変わらないんです

 

 

 

だからこそ このままじゃあ駄目なんだと分かって居るんです

よね,目下から求められる名誉と目上から強制される不祥事は

全くもって違うんですよね

 

全てが汚いワケじゃ無いが,全てが美しいワケじゃ無い

その逆もそう,それに何度も苦しめられた事か

 

清濁併せ呑むって云いましても,そんなに大層な存在じゃ無い

からこそ,弱いからこそ皆と繋がり合うんですよね

 

 

 

いっぱい美しい地球人が存在する,忘れてはならない事だけど

とても疑ってしまう事柄なんですよね

 

本物を知らないからこそ陥る事ですけど,本物を知って居るから

こその絶望感ってすんげぇ根深いんです

 

今思えばあの知的で柔らかな僧侶達と挨拶だけでもしたら

良かったなって,ちょっと もったいない気持ちでいっぱいに

なる

 

 

 

生きる事は実に難しい

 

 

 

 

 



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