去年修理に出して居た携帯電話を

 

 

また,ドコモショップへ修理に出してきました…(汗)

 

人生初,画面の下側を去年の年末頃に割り,なかなか時間が取れ

なかったのと,画面フリーズやアプリの不具合がかなり酷くなった

のもあり,

 

泣く々々お金をかける事にしました(+_+)

 

なので、代替機を使用して居る間は入れ直す作業&直った時に

再度設定が実に面倒なので,機種が直るまでは極力触らないと思い

ます

 

なので,もしかしたら お返事やハート贈りもかなり遅れるかも知れ

ません…。

 

 

ショップのお姉さんにも言われましたが,元々必要最低限のアプリ

や機能しか使ってないので,基本的に携帯電話無しでも生きて行け

る人間だったりもします(笑)

 

様々な蜘蛛の巣作りや虫々の生態を横になって眺めて居たり,花々

や木々の造形を見て,触れて,聴いて,口に付けて研究する時等は基本

的に不必要だったりするので,

 

本当、自身が携帯電話を持つ意味って,記録を取ったり,簡易に調べ

る為と,他者の為(私の生存確認や居場所特定も兼ねて)だったりも

します

 

後は音楽を聞く為だったりもするのかなぁー…

 

 

あれから母と様々な事が有りましたが,もう母の事に諦めがつき,

関わる事も縁持つ事も止めました

 

律儀に毎年贈って居た黄色のカーネーションの数々の想いも(母が

黄色が好きなので)、それでも悩みつつ,今年も先に贈った赤の

カーネーションで,母の日の贈り物は最後にしようと決めました

 

 

どんな相手でも、嫌がらせする相手であっても私は,聞いた誕生日

を覚えてたら ちゃんと贈り物しますし,頂いた誕生日プレゼント

のお返しならば尚更プレゼントを贈ります

 

行った罪を憎んでも,その人自身の良さまで憎む気持ちは持ち合わ

せて居ませんし,“生まれた日”は何よりも特別な日だからこそ,

きちんと お祝いしたい気持ちも,ちゃんと心に在りました

 

…まぁ,何度もその想いをねじ踏まれましたが,それが“甘やかす”

要因の一つだと分かって居ても,諦めが悪かった私が居て,

 

こんな後遺症なって悩まされるまで,馬鹿々々しい行為を続けて,

内にも外にも永遠に来ない“分かり合える事”を夢見て居ました

 

 

表に出していないからって,思考停止して居るワケじゃなくって,

言葉にしないからって,そう感じていないワケじゃなくって,

人と違うからって,心の動きまでも違うワケじゃないんです

 

元々私は無意味に争う事が大嫌いなんです,平和に行く事が出来る

のならば,それに越したことはなくって、何故,人々は無駄に導火線

に火をつけたがるのかが共感出来ずに,争いたいが為に対話を

するのか,白黒付けたいから対話をするのか…。

 

幼稚な争いに身を投じられる度に,醜い世界を体感しては知る度

に,何度も試行錯誤を繰り返す度に、必要な事を学ばせてくれ

ました

 

 

切り捨てろ。と

 

 

たったそれだけで暫くすれば父は大人しくなり,職場の上司の

パワハラは止まり,無礼な客に避けられるようになりました

 

“目上潰し”と呼ばれる程,謙虚に生き続けても目上運が究極に悪い

人間で,そして“何処でも生きて行ける”と言われる私が何故、

劣悪な環境下に留まらなければ ならないのかと,漸く理解し,

 

世の中に求められる能力,人間性を,あの人達の物差しで抑え込ま

なければならないのかと腹立たしくなり,それが苦労して得た力

なんだろうと思いました

 

だからこそ,母を切り捨てました。

 

 

目に余る行為の結末を知らしめる為と,何十年も渡った不透明さ

を透明にさせる為,そして“親子関係”を切って残ったモノを直接

確認する為でもありますし,私自身の心の為でもあります

 

両親の時だけなんですよね、私が感情的になるのって。

 

そして、両親以上にキチガイな人種が存在して,そして私以上に

悲しい人々が居る事も知って居ます

 

 

自身の子をレンガで殴り続ける親も居れば,刑務所から出所した親

に苦悩する子も居れば,男と一緒に蒸発した母親を恨む子も居れば,

イカれた子の行為に縁を切った親も居れば,

 

子を強姦する親も居れば,ドラッグ漬けにされて金と身体を差し

出し続ける人も居れば,犯罪者になった被害者と,被害者として助け

られる元凶人,宗教団体の偉い人の子がよその会社で好き勝手に

務め,

 

生きる為に人生を差し出す人も居れば,その対に遊びで人生を

弄(モテアソ)ぶ外道も居れば,信じた人に脳を狂わされて借金までして

でも崇め続ける人も居て、

 

 

掘らなければ見えない,覗かせてくれないと知る事の出来無い

土中の世界、沼底の世界はこんなにも視力が無意味になる程

闇しかなくって,

 

そんな法や組織も関与したく無くなる世界が海外だけではなく,

日本にバッチリ存在するんですよね…。

 

だからこそ,汚物を撒(マ)き散らかす人間が大嫌いだった。

 

けれども、美しいモノを生み出すのもまた,大好きな人間だった。

 

 

上に行く事って、目立つ事って、何時の日か必ずこの世界の人間と

グループと出会う事になって,規模が大きくなればなる程 否応無し

に蛾のように集まって来るんです

 

頂点も底辺も“対(ツイ)”として同等の立場になるからこその交わりで,

その経験を幼少期から知らされて来た私は,それでも健全に真っ直ぐ

伸びた私は確かに,正常で狂って居て,周りが言うように守られて

居て、

 

そして躾られて居る。

 

 

今回の母関連のトラブルの度に,てんとう虫が私が見える所に居て、

時が進む度に赤く可愛らしく色付いて行く姿に,だからこそ。

私は“間違った道に進んでいない”と,簡単に情緒を手放す事が出来る

のかも知れません(前回は虹も見ましたしね)

 

心が不要な事態が存在するように,脳が不要な事態も存在し,起こら

ない煙が意図的に焚かれた事態が起これば,けして人が歯向かう事

すら出来無い天意的な事態も発生します

 

 

…本当に、レパートリー広い我が人生だなぁ~。…ゲッソリ

 

 

 

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